ベトナムとタイの関税・FTAは何が違う?ASEAN移転先の実務比較ポイント

ベトナムとタイの関税・FTAは何が違う?ASEAN移転先の実務比較ポイント

中国からASEANへの生産移転を検討する企業にとって、ベトナムとタイは有力候補です。しかし、同じASEANでも通関制度や原産地証明の実務難易度は同一ではありません。関税率だけで判断すると、後から優遇否認や証憑不足によるリスクが発生する可能性があります。本記事では、日本向け輸出入を前提に、ベトナムとタイの関税・FTA活用の違いを実務目線で比較し、移転判断に役立つ整理を行います。

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結論:関税率だけでは決められない

結論から言えば、ベトナムとタイは「どちらが有利」と単純に言えるものではありません。税率水準は品目によって異なり、RCEPや日ASEAN包括的経済連携(AJCEP)など複数の協定を比較する必要があります。さらに重要なのは、原産地規則の適合難易度と証憑管理体制です。実務上は「税率×証明難易度×事後検証リスク」の総合判断が必要になります。

日本向け輸入で想定すべき枠組み

ベトナムとタイの比較をするとき、最初に整理すべきなのは「どの協定で、どのルールで、どの証明手続を回すのか」です。関税率だけを見て移転先を決めると、あとから原産地証明が回らず、優遇税率を使えないまま通常税率で輸入する事態になりやすいです。日本向け輸入では、主に次の4つの枠組みを前提に、通関設計を組み立てます。

1) RCEP(地域的な累積が可能)

RCEPの強みは、協定参加国の材料・加工を組み合わせて原産性を満たせる可能性がある点です。つまり、中国部材を一定程度使いながらでも、条件次第で「RCEP原産」として優遇税率に到達できるケースがあります。一方で、累積が万能ではない点が実務の落とし穴です。累積の前提となる資料(材料の原産性や工程の証拠)が弱いと、結局は原産性の立証ができず、優遇が不安定になります。

  • 設計ポイント:BOM(部材表)を最初に固め、どの部材がどの国から来るのかを見える化します。
  • 設計ポイント:原産地規則が「関税分類変更(CTC)」なのか「付加価値(RVC)」なのかで、必要な証憑が変わります。
  • 注意点:最終組立だけで実質的変更が弱い場合、否認リスクが上がるので、工程の厚みを説明できる資料が必要です。
  • 注意点:サプライヤー側で原材料証明の提出ができないと、累積のメリットが消えます。

2) 日ASEAN包括的経済連携(AJCEP)

AJCEPは日本とASEANの枠組みで、RCEPと並行して検討すべき選択肢です。品目によっては、AJCEPの方が税率面で有利、または証明要件が実務に合う場合があります。逆に、協定を選び間違えると「税率は良いが証明が回らない」になりやすいです。通関設計としては、RCEPとAJCEPを競合させて、より安定運用できる方を採用する発想が現実的です。

  • 設計ポイント:品目ごとに「RCEP適用」と「AJCEP適用」の両方で、税率と要件を並べて比較します。
  • 設計ポイント:協定ごとに、必要な申告・証明・保存資料の型が変わるため、現場の運用フローに落とし込めるかで判断します。
  • 注意点:同一品目でも、協定によって原産地規則(CTC/RVC/工程要件)が異なることがあります。

3) 各国国内制度による証明発給実務

同じ協定を使う場合でも、実務の難易度は「現地で証明書が出せるか」「サプライヤーが資料を出せるか」で大きく変わります。特に移転初期は、現地のサプライヤーや委託先の書類文化が整っておらず、BOM・原価・工程の整合が取れないまま出荷してしまうことがあります。ここが、優遇税率の不安定化の最大要因になりがちです。

  • 運用ポイント:原産地証明書を発給するために、誰が、いつ、何の資料を集めるかを、チェックリスト化して固定します。
  • 運用ポイント:サプライヤーに提出させる資料(原材料証明、仕入証憑、加工証明)のフォーマットを統一します。
  • 運用ポイント:証明書の差戻しや記載ミスを前提に、リードタイムと代替策(通常税率での暫定輸入など)を用意します。
  • 注意点:現地通関業者任せにすると、証憑が散逸し、事後検証で詰むケースがあります。社内側で責任者を置く方が安全です。

4) 日本税関の事後検証対応

優遇税率を適用した後でも、申告内容の妥当性は事後的に検証される可能性があります。輸入者側が説明責任を負う場面があるため、「現地が持っているはず」では通りません。実務では、優遇適用の可否よりも、否認されたときのダメージ(追徴・延滞・社内工数)を見て、運用の安定性を優先する判断が重要になります。

  • 保存の要点:BOM、工程表、原価資料、購買証憑、製造記録、輸送書類など、原産性・価格・実態を説明できる資料を体系的に保存します。
  • 説明の要点:「どの工程で実質的変更が起きたか」「どの規則により原産性を満たすか」を文章で説明できる状態にします。
  • 注意点:HSコードの不一致(輸出国側と日本側で分類がズレる)は、原産地以前に火種になります。分類根拠もセットで整備します。

同じ協定でも難易度が変わる理由

結局のところ、協定は同じでも、難易度を決めるのは運用です。具体的には「サプライヤーの書類対応力」「工場の工程証明の粒度」「輸出入のデータ整合」「輸入者側の保存体制」が揃っているかで、優遇税率は安定にも不安定にもなります。移転先の比較では、税率差よりも、証明を回し切れるかどうかを重視する方が、長期的には失敗が少ないです。

ベトナムとタイの実務比較表

比較項目ベトナムタイ
税率水準RCEP適用で段階的撤廃品目が多い。品目差が大きい。自動車関連など既存日系供給網で優位な品目あり。
主な利用協定RCEP・AJCEPRCEP・AJCEP
原産地規則適合難易度中国部材比率が高いと難易度上昇。既存部材網が整備されている分、設計しやすいケースあり。
必要書類原産地証明書、BOM、工程表、原価資料など同様だが、日系対応実績が多い事業者も存在
証憑回収難易度中小サプライヤーからの回収遅延が課題になることあり比較的安定しているケースが多い
否認リスク最終組立のみの場合、実質的変更の立証が課題工程証明が明確であれば安定
おすすめ業種傾向労働集約型組立産業自動車・精密機器など既存供給網活用型
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実務比較① 税率だけで判断すると危険な理由

同じHSコードであっても、RCEPとAJCEPで段階的撤廃スケジュールが異なる場合があります。さらに、中国部材を使用する場合、RCEPの累積が有利に働くケースと、条件を満たせず優遇が使えないケースがあります。税率差が数%であっても、適用否認時の追徴課税リスクを考えると、安定運用可能な協定を選ぶ方が合理的な場合があります。

実務比較② 原産地規則と中国部材の扱い

生産移転後も中国部材を使用する企業は少なくありません。この場合、関税分類変更基準(CTC)や付加価値基準(RVC)を満たすかが重要になります。ベトナムではサプライヤー構築途中の場合、証明書回収に時間がかかるケースがあります。一方、タイは既存日系企業との連携が強い場合、証憑整備が比較的進めやすい傾向があります。

実務比較③ 証憑管理と税関調査

優遇税率適用後、日本税関は事後検証を行うことがあります。BOM、購買契約書、原価計算書、工程記録などを提示できなければ否認される可能性があります。ベトナム・タイいずれでも、証憑管理体制を移転初期から設計しておくことが重要です。

ケース別の判断軸

ベトナムとタイのどちらを選ぶかは、単なる人件費比較ではなく「自社の通関設計能力」と「サプライチェーンの成熟度」によって決まります。ここでは、実務判断の視点から具体的に整理します。

ベトナムが向くケース

① 工程設計を一から組み立てられる企業

ベトナムは新規構築型の生産移転に向いています。ただし、これは裏を返せば「自社で工程設計を主導できる」ことが前提です。原産地規則を満たす工程の厚みを意識しながら、どの部材をどこで調達し、どの加工をどこまで行うかを設計できる企業には適しています。

逆に、工程設計を現地任せにすると、実質的変更の立証が弱くなり、優遇否認リスクが上がります。

② RCEP累積を積極活用する戦略

中国部材を一定程度残しつつ、RCEPの累積制度を活用する戦略は、ベトナムでの組立と相性が良い場合があります。ただし、累積を活かすには部材ごとの原産証明が不可欠です。BOM管理やサプライヤー証明回収の体制を社内でコントロールできる企業向けです。

つまり「制度を設計できる会社」ほどベトナム向きと言えます。

③ 人件費優位性を重視するモデル

労働集約型産業や大量組立型モデルでは、人件費差のインパクトが大きくなります。ただし、通関リスクとトレードオフになる場面もあるため、証憑管理体制の構築を同時に行うことが前提になります。

タイが向くケース

① 既存日系ネットワークを活用したい企業

タイは長年の日系企業集積により、部材供給網や会計・法務・通関実務の対応力が比較的安定しています。すでに日系サプライヤーと取引関係がある企業は、原産地証明の回収や証憑整備が進めやすい傾向があります。

新規構築よりも「既存ネットワーク活用型」に向いています。

② 証憑管理の安定性を最優先する企業

税率差よりも、事後検証リスクを抑える安定運用を重視する企業にはタイが向きやすいです。特に、BOM・原価資料・工程記録を体系的に整備できるパートナーが存在することは大きな安心材料になります。

③ 品質管理体制を重視する産業

自動車関連、精密機器、電子部品など、工程管理やトレーサビリティが重視される産業では、既存の品質管理基盤が強い地域の方が通関説明も行いやすくなります。工程証明が明確であれば、原産地立証も比較的スムーズです。

判断の本質:税率ではなく「制度を回し切れるか」

最終的な判断軸は、次の問いに集約されます。

  • 自社は原産地規則を理解し、工程設計に反映できるか
  • サプライヤーから必要証憑を確実に回収できるか
  • 日本税関の事後検証に耐えられる資料管理ができるか
  • 税率差と運用コストのどちらを優先するか

ベトナムは「設計主導型」、タイは「安定運用型」と整理すると判断しやすくなります。ただし、企業規模や業種、部材構成によって結論は変わります。移転前に制度面のシミュレーションを行うことが最も重要です。

移転前に必ず行うべきチェック

以下のチェックは、移転決定前に必ず社内で確認すべき項目です。すべてに具体的に答えられる状態でなければ、優遇税率の安定運用は難しくなります。

確認項目自問(具体的に答えられるか)
対象品目の日本側HS分類を確定しているか日本税関基準でのHSコードを根拠資料付きで説明できるか。
輸出国側の分類と不一致がないか確認済みか。
協定別税率比較表を作成しているかRCEPとAJCEPの両方で税率・撤廃スケジュール・適用要件を並列比較しているか。
税率差だけでなく、証明難易度まで評価しているか。
中国部材比率と原産地基準の適合を確認しているかBOMを確定し、中国原産部材の割合を数値で把握しているか。
CTC基準かRVC基準か、どの規則で満たすのか明確になっているか。
証憑保存フローを文書化しているかBOM、原価資料、工程表、購買証憑、製造記録を誰が保存するか決まっているか。
事後検証時に即提出できる状態になっているか。
事前教示制度の活用を検討したかHS分類や関税率について、事前教示を取得する必要性を検討したか。
分類・評価に不安がある品目を放置していないか。

このチェックリストは、単なる確認作業ではなく「通関設計が完成しているか」を測る指標です。ひとつでも曖昧な項目がある場合、移転後に優遇否認や追徴課税につながる可能性があります。

まとめ

ベトナムとタイの選択は、単なるコスト比較ではなく、通関実務設計の問題です。関税率だけでなく、原産地証明の取りやすさ、証憑管理体制、事後検証リスクまで含めて総合判断することが重要です。移転前に制度面の設計を行えば、優遇税率を安定的に活用できます。生産移転の成功は、工場ではなく通関設計から始まります。

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参考外部リンク

2026年2月17日 | 2026年2月15日