日本の財政は本当に危機なのか?統合政府バランスシートで読む実像とは?

日本の財政は本当に危機なのか?統合政府バランスシートで読む実像とは?

日本の財政は本当に「危機」なのか

日本の財政については、「国の借金が1000兆円を超えている」「このままでは破綻する」といった表現が広く浸透しています。こうした言葉は一見すると分かりやすいものの、財政の実態を正確に捉えているとは言い切れません。多くの場合、中央政府の負債だけに注目し、資産や日本銀行の存在が十分に考慮されていないからです。

本記事では、日本の財政を「統合政府」という視点から整理します。これは緊縮論に偏るためでも、楽観論を強調するためでもありません。負債と資産の両面を見たうえで、日本財政の現状と制約を冷静に把握することを目的とします。

1 統合政府とは何か

統合政府とは、一般政府と中央銀行を一体として捉える考え方です。一般政府には、国と地方自治体が含まれ、日本銀行は金融政策を担う中央銀行として位置づけられます。

この視点が重要になる理由は、政府と中央銀行の間で多くの金融取引が行われているからです。日本の場合、日本銀行が大量の国債を保有しています。これを別々に見ると「政府の借金」と「日銀の資産」として扱われますが、統合政府として見ると内部取引として相殺されます。

国際的にも、財政の持続性や実質的な債務負担を評価する際に、統合政府ベースの分析が用いられることがあります。単体の政府会計だけでは見えない構造を把握するための手法です。

2 日本政府の負債構造を整理する

日本政府の負債の中心は国債です。その残高は非常に大きく、数字だけを見ると強い不安を抱かせます。ただし、重要なのは「誰が保有しているのか」という点です。

日本国債の多くは国内で保有されており、その中でも日本銀行の保有比率は高い水準にあります。日本銀行が保有する国債は、利払いを通じて最終的に国庫に戻る仕組みになっており、統合政府の観点では実質的な負債負担とは性質が異なります。

この構造を無視して、国債残高だけを取り上げると、日本の財政状況を必要以上に悲観的に評価してしまう可能性があります。

3 日本政府が保有する資産の実態

財政議論では「負債(国債など)」に注目が集まりがちですが、政府部門には負債と同時に資産も存在します。統合政府のバランスシートで考える場合、資産側を丁寧に押さえておくことが前提になります。

まず、大きく分けると資産は実物資産(非金融資産)と金融資産の2つに分かれます。内閣府の整理では、一般政府部門の資産は2019年末から2023年末にかけて拡大しており、2023年末時点で実物資産は875兆円、金融資産は733兆円とされています。(出典:内閣府ホームページ
つまり、政府部門は負債を抱える一方で、ストックとして相応の資産も積み上がっている、というのがバランスシート上の出発点になります。

実物資産は、道路・港湾・上下水道などの社会インフラ、公共施設、公共用地など、経済活動の土台となる資産です。これらはすぐに換金できるタイプの資産ではありませんが、国や地域の生産性や生活基盤を支えるという意味で重要です。なお、資産増加の要因には、資産そのものの積み増しだけでなく、地価や建設コストの変化による評価(時価)要因が影響する場合があります。(出典:内閣府ホームページ

金融資産は、より幅広い形で存在します。典型例としては、現金・預金、有価証券、貸付金、出資持分、そして対外資産などです。分かりやすい例として、財務省が公表する外貨準備は、2025年9月末で1,341,268百万ドルとされています。外貨準備は政府部門の金融資産の一部に位置づけられ、為替や市場変動により評価額が動き得る点も特徴です。

ここで注意したいのは、「資産がある=借金が無問題」という単純な話ではないことです。資産には、流動性(現金化しやすさ)、価格変動リスク、政策上の拘束(売却できない・すべきでない資産)などの違いがあります。つまり、資産の存在は財政の見方を立体化しますが、同時に資産の性質を踏まえた評価が必要になります。

また、参考として、財務省が作成する「国の財務書類(国の会計)」では、令和5年度末の国の資産合計が778.1兆円と示されています。これは「一般政府(国+地方)」とは範囲が異なるため、数値を横並びで単純比較するのではなく、どの範囲のバランスシートかを揃えて見ることが大切です。

結論としては、日本の財政をバランスシートで考える場合、負債の規模だけでなく、実物資産と金融資産が同時に存在し、その評価や性質によって見え方が変わる、という点を押さえる必要があります。

一般政府(国+地方)の資産内訳(2023年末) 出典:内閣府(部門別バランスシートの説明に基づく) 単位:兆円 総資産(参考):1,608 実物資産(非金融資産) 875 金融資産 733 実物資産(インフラ、公共施設、公共用地など) 金融資産(預金・有価証券・貸付金・対外資産など) 注:資産額は評価(時価)変動の影響を受ける場合があります。

4 統合政府バランスシートで見た日本財政

統合政府ベースで日本のバランスシートを見ると、政府の負債と日銀の保有国債が相殺され、純債務という概念が浮かび上がります。これにより、単純な国債残高ほど極端な姿にはなりません。

また、日本の国債は自国通貨建てで発行されています。この点は、外貨建て債務に依存する国と比べて大きな違いです。自国通貨建てである以上、理論上は資金繰りによるデフォルトリスクは極めて低いとされています。

ただし、これは万能な安全性を意味するものではなく、別の制約が存在します。

5 「問題がない」とは言えないのか?

統合政府で見れば破綻リスクは低いとしても、財政運営に制約がないわけではありません。最大の制約はインフレです。過度な財政拡張や金融緩和は、物価上昇を通じて家計の購買力を圧迫します。

また、長期金利の上昇も無視できません。金利が上昇すれば、将来の利払い負担が増しますが、注目しておきたい点があります。

利払いは誰が受け取るのか

国債の利払いは「政府のコスト」として語られがちですが、同時に「誰かの利息収入」でもあります。ここを見落とすと、利払い=純粋な流出という誤解が生まれやすくなります。

まず、国債の利息を受け取るのは国債保有者です。日本の場合、保有主体は日銀、銀行、保険会社、年金、海外、家計などに分かれます。たとえば直近の内訳では、日銀が約46%程度を保有し、銀行・保険・年金・海外がそれぞれ一定割合を占めています。この構図から分かる通り、利払いの相当部分は国内金融部門に帰属し、家計の保険料や年金給付、金融機関の収益などを通じて国内に循環する側面があります。

次に重要なのが、日銀が受け取る利息の扱いです。日銀は保有国債から利息収入を得ますが、日銀の最終利益は、所要の経費や税金、準備金などを差し引いたうえで国庫に納付されます。これが国庫納付金で、国の一般会計の歳入になります。つまり、日銀保有分の利払いは、統合政府で見れば内部循環しやすい性質を持ちます。ここを無視して「国債残高×金利=全部が国の外への負担」と考えると、実態より重く見積もってしまいます。

一方で、利払いが国内循環するからといって安心し切れるわけではありません。金利が上がると、海外投資家や民間部門(銀行・保険など)が受け取る利息も増えます。特に海外保有分は国内循環の外に出やすく、国民経済にとっては所得移転の性格を持ち得ます。

また、日銀についても、政策正常化局面では当座預金付利などのコストが増え、国債利息収入を上回ると収益が悪化し、国庫納付金が減る可能性があります。これは「日銀経由で国に戻る」という循環が弱まるシナリオです。

結局のところ、利払い負担の評価では、単に額面の支出を見るのではなく、受け取り手の内訳と循環経路まで含めて考える必要があります。統合政府のバランスシートで財政を読む意義は、こうした資金の往復を可視化し、危機論と楽観論のどちらかに偏ることを避ける点にあります。

6 少子高齢化と将来の財政制約

日本の財政を考えるうえで、少子高齢化は避けて通れない要素です。高齢化の進行により、年金や医療、介護といった社会保障費は増加し続けています。

短期的には財政余力があるように見えても、中長期的には人口構造が財政を圧迫する要因となります。この問題は、単純な借金論では説明できず、成長戦略や制度設計と密接に関わっています。

7 緊縮論と非緊縮論の論点整理

緊縮論は、債務残高の大きさや将来世代への負担を重視します。一方、非緊縮論は、自国通貨建て債務や統合政府の視点から、過度な危機論に疑問を投げかけます。

どちらの立場にも一定の合理性はありますが、どちらか一方に極端に寄ると、現実を見誤る恐れがあります。重要なのは、財政の制約条件を整理し、状況に応じた政策判断を行うことです。

8 今後の日本財政を見るうえで重要な指標

今後の日本財政を評価する際には、国債残高だけでなく、名目成長率と金利の関係が重要になります。成長率が金利を上回る状況では、債務の持続性は高まります。

加えて、物価動向や賃金の伸び、政府支出の質も注目すべきポイントです。どの分野に資金を投入するのかによって、経済への影響は大きく変わります。

まとめ:バランスシート思考がもたらす冷静な視点

日本の財政は、単純な「借金の多さ」だけでは評価できません。統合政府のバランスシートで見ることで、過度な悲観論も、根拠の薄い楽観論も避けることができます。

今後の議論では、負債と資産の構造、そしてインフレや成長といった実際の制約に目を向けることが重要です。数字の一部だけに振り回されない視点が、日本財政を理解する鍵になると考えられます。

参考外部リンク

2025年12月17日 | 2025年12月15日