国際取引の現場では、契約に至るまでに複数の文書がやり取りされます。その中でもLOI(Letter of Intent=意向表明書)は、買主が「この条件で取引を進めたい」という意思を示す最初の文書として大きな役割を果たします。LOIが交わされることで、売主は買主の真剣度や資金力を推し量ることができ、次のステップであるFCOやSPAに進むかどうかの判断材料となります。
しかし、LOIは単なる「形式的な挨拶文書」ではありません。条件設定次第で、売主・買主双方に大きなメリットやリスクをもたらします。割引率、支払方法、保証の有無、供給量など、細部に実務上の意味が込められているため、表面的に読み飛ばすと危険です。本記事では、銅カソード取引における実例をもとに、LOIから見える利点・注意点を整理し、実務の判断に役立つ視点を提示します。
実際に実務で提出されたLOIをいくつか(法人名・商品・金額等を)変更したものですが、これを読み解いていきましょう。
LETTER OF INTENT (LOI) TO PURCHASE COPPER CATHODE
Date: 2025/07/26
To: XYZ Commodities Inc.
Dear Sir/Madam,
We, ABC Trading Limited, hereby state with full corporate responsibility that it is our firm intention to purchase the following commodity under the terms and conditions specified below. We confirm that we are ready, willing and able (RWA) to proceed with the transaction upon mutual agreement.
Commodity Details
Commodity: Copper Cathode, Electrolytic Grade A (99.97–99.99%)
Origin: South America / Africa (acceptable origin)
Trial Quantity: 1,000 MT
Annual Contract: 10,000 MT × 12 months
Delivery Terms: CIF Shanghai, China (Incoterms 2020)
Payment Terms: DLC / SBLC as guarantee, 100% MT103 after SGS report at destination
Target Price: LME –18% per MT
Inspection
At loading port: Seller’s cost (SGS/CCIC)
At destination port: Buyer’s cost (SGS/CCIC)
Additional Terms
• Upon SPA signing, seller to provide past performance documents.
• After financial instrument issuance, seller to issue 2% Performance Bond within 5 banking days.
• Governing Law: Singapore. Any disputes shall be settled by arbitration under ICC rules.
• LOI Validity: 15 days from issuance.
Yours faithfully,
ABC Trading Limited
Director: John Smith
Email: contact@abctrading.com
Tel: +1-234-567-8900
(Company Stamp)
LOIの解説
上記のLOIを日本語に訳すとこのような内容になっています。
銅粉末購入に関する意向表明書(LOI)
日付: 2025年7月26日
宛先: XYZ コモディティーズ社
拝啓
私たち ABC トレーディング社 は、完全な法人責任の下、以下の条件に基づき銅粉末を購入する意向があることをここに表明いたします。また、双方が合意した場合、当社が速やかに本取引を進める用意があることを確認いたします。
商品詳細
- 商品: 銅カソード(電解銅 Grade A, 純度 99.97–99.99%)
- 原産地: 南米またはアフリカ(受け入れ可能な産地)
- 試験数量: 1,000MT
- 年間契約数量: 10,000MT × 12か月
- 納入条件: CIF 上海港、中国(インコタームズ2020)
- 支払条件: 保証としてDLC / SBLCを発行、仕向地でのSGSレポート確認後3銀行営業日以内にMT103による100%送金
- 目標価格: LME価格のマイナス18%/MT
検査
- 積込港での検査:売主負担(SGS/CCIC)
- 仕向港での検査:買主負担(SGS/CCIC)
追加条件
- 売買契約(SPA)締結時、売主は過去の取引実績書類を提出すること。
- 金融保証が発行された後、売主は5銀行営業日以内に2%のパフォーマンスボンドを買主に提供すること。
- 準拠法はシンガポール法とし、紛争はICC仲裁規則に基づき解決する。
- 本LOIの有効期限は発行日から15日間とする。
敬具
ABC トレーディング社
代表取締役:ジョン・スミス
Email: contact@abctrading.com
Tel: +1-234-567-8900
(会社印)
LOIの検証
次に、このLOIからわかる買主(Buyer)と売主(Seller)それぞれのメリットとデメリットを検証してみましょう。
売主(Seller)のメリット・デメリット
メリット
確実な代金回収が担保される
DLC(信用状)やSBLC(スタンバイ信用状)、BG(銀行保証)などの銀行発行の金融保証を前提としているため、売主は支払いリスクを最小化できる。
長期契約による安定収益
年間12万MT(10,000MT × 12か月)という大口契約が見込めるため、販売量と収益の安定が期待できる。
検査条件のバランス
積込港での検査費用は売主負担だが、仕向港での検査費用は買主負担となっており、リスクとコストの分担が明確。
法的安定性
準拠法がシンガポール法、ICC仲裁規則に基づくことから、国際的に信用度の高い法的枠組みで契約が守られる。
デメリット
価格設定がLME –18%
国際相場から大幅に割引されているため、マージンが圧迫される可能性がある。
パフォーマンスボンド(PB)2%の負担
金融保証発行後、売主が2%のPBを発行する必要があり、資金繰りに負担となる。
過去の実績提出義務
SPA締結時に「過去のパフォーマンス証明」を求められており、情報開示リスクや取引実績が浅い企業には不利。
大量供給のプレッシャー
12か月連続で大口供給を維持する必要があり、在庫・物流・調達の面で大きな負担になる。
買主(Buyer)のメリット・デメリット
メリット
相場より有利な価格での調達
LME –18%という条件は買主にとって魅力的で、大幅なコスト削減効果がある。
品質保証(SGS/CCIC検査)
積込港・仕向港の双方で検査が行われるため、不良品リスクを低減できる。
大口供給を確保できる
12万MT/年という規模の安定供給が確保される点は、製造業やトレーダーにとって大きな利点。
支払リスクのコントロール
SGS/CCICの検査報告後にMT103で決済する仕組みのため、不良貨物をつかまされにくい。
デメリット
金融保証の発行コスト
DLC/SBLC/BGを発行するには銀行への手数料・保証料が必要で、買主側に初期コストがかかる。
資金拘束リスク
契約総量が大きいため、金融保証や前払い的な枠組みで資金が拘束される可能性がある。
供給リスク(売主の履行能力)
売主が年間契約を履行できなかった場合、供給不足に陥るリスクがある。
契約期間中の価格変動リスク
長期契約のため、LME価格が変動した場合、想定よりもコスト高になったり、逆に売主側に交渉圧力がかかる可能性がある。
リスク検証のまとめ
| 区分 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 売主(Seller) | ・DLC/SBLC/BGにより支払いリスクが低い ・年間契約による安定収益(10,000MT×12ヶ月) ・検査費用の負担が分担されている(積込港=売主、仕向港=買主) ・シンガポール法・ICC仲裁による法的安定性 | ・LME –18%と大幅割引で利益圧迫 ・2%パフォーマンスボンド発行の資金負担 ・過去実績の開示義務による情報リスク ・大口・長期供給の履行プレッシャー |
| 買主(Buyer) | ・LME –18%で有利な価格調達 ・SGS/CCIC検査で品質保証 ・大口(年間12万MT)の安定供給確保 ・SGS確認後決済でリスク軽減 | ・DLC/SBLC/BG発行コスト(銀行手数料) ・金融保証による資金拘束 ・売主が履行できない場合の供給リスク ・契約期間中の価格変動リスク |
LOIを受理した売主の買主への評価
さて、ここからは経験上から算出される仮定の話になります。買主からこのLOIを提示された売主はこの引合についてどう判断するでしょうか。
売主が引合を断る場合
売主の資力・信用の特徴
資力が十分にある大手企業の場合
グレンコアなど世界的に有名な大手企業にとっては市場での販売力や既存顧客基盤が強いため、「LME –18%」のような割安条件を呑む必要がありません。むしろ「不自然な割引率」と捉え、信用リスク回避の判断を下す可能性が高くなります。
信用度の高い売主ほど、条件を精査し断る傾向が強い
大手企業にとっては、その存在がこれまでの実績を表しているに等しい場合は特に、過去実績書類の開示や2%のPBなどは「負担過多」または「リスク超過」と判断しやすくなります。
買主に対する評価
- 価格交渉が強引すぎる(LME –18%) → 「信用力に不安」
- 金融保証を要求しつつ大量供給を望む → 「経験の浅いトレーダー、もしくはブローカーの可能性」
- 買主の真剣度はやや低く見える(条件だけ強く、現実的でない)
⇒ 売主の評価: 「買主は信用力に疑問あり。資金力はあるかもしれないが、条件が実務的でなく、慎重に距離を取るべき」と判断する可能性があります。
売主が引合を受ける場合
売主の資力・信用の特徴
資力がやや不足する中小規模の業者
まだ知名度がない企業である場合、在庫や販売ルートの確保に苦戦している可能性があるため、大口契約を結ぶことで安定収益を確保したい意図がある可能性が高くなります。アフリカの一部地域では銅の在庫を処理できずに緑青が多々出現しているケースがあります。
信用度は一定あるが、条件交渉力は限定的
割引率やPB発行も「取引獲得のためのコスト」と割り切る可能性があります。これはやはり前述したケースと同様に、在庫が多くなってくると多少のコストはかかっても安定的に回転させたい意図が働くことがあります。
買主に対する評価
- 金融保証を準備できる点は評価(DLC/SBLC/BGは通常、銀行与信がなければ発行不可)
- 大口契約(年間12万MT)の意欲は魅力的 → 「資金背景が大きい可能性」
- ただし割引要求が強すぎるため、本当に実需かを疑う
→信頼は限定的。まずはトライアル数量1,000MTで確認という姿勢を取る。
→※トライアルで様子を見る意図は買主も同様。
⇒ 売主の評価: 「買主には資金力の可能性はある。ただし条件は過度に強気で、実需の裏付けが必要。まずは試験契約で検証」
まとめ(比較表)
| ケース | 売主の資力・信用 | 買主への評価 |
|---|---|---|
| 断る場合 | ・資力のある大手、販売先に困らない ・信用度が高く、条件精査が厳格 | ・価格条件が不自然(LME –18%) ・信用度に疑問あり、ブローカーの可能性 |
| 受ける場合 | ・資力や販売ルートが限定的 ・安定収益を確保したい中小規模業者 | ・金融保証準備は評価できる ・大口契約の意欲は好感だが、実需裏付けが必要 |
つまり、
強い売主(大手企業)ほど「断る」判断をしやすい(大手企業にとってメリットが薄い)。
弱い売主(中小企業)ほど「受ける」方向に傾く(安定契約を逃したくないため)。
LOI受領時の売主チェックリスト
売主がLOIを受領したときにチェックするポイントは以下にまとめられます。
1. 買主の信用調査
- 会社登記情報は確認済みか(商業登記・法人番号など)
- 過去の取引履歴や実績はあるか
- 代表者・担当者の素性は明らかか
- 金融保証(DLC/SBLC/BG)を本当に発行できるだけの銀行与信を持っているか
2. 取引条件の妥当性
- 提示価格(LME –%)は市場水準に照らしていくらが現実的か
- 契約数量・契約期間は自社の供給能力に見合っているか
- 支払条件(MT103など)は確実性があるか
- 検査条件(SGS/CCIC)は双方公平か
3. 売主側の負担
- PB(パフォーマンスボンド)やその他保証の発行が過度な負担にならないか
- 在庫や調達能力が契約数量に対応できるか
- 契約履行に伴う資金繰りや物流負担を吸収できるか
4. リスク管理
- 買主がブローカーでなく実需家である証拠はあるか
- 契約破棄時のリスクヘッジ手段(仲裁地・ICC条項など)は明確か
- LOIの有効期限(通常15日程度)は妥当か
- 内部コンプライアンス(AML、KYC規制など)に抵触しないか
このチェックリストを一つ一つ確認すれば、
「断るべきLOI」=条件が不自然・買主信用が乏しい場合
「受け入れてよいLOI」=金融保証が確認でき、条件が実務的に妥当な場合
という線引きが可能になります。
LOIを受理したときの実務まとめ
LOI(意向表明書)は、国際取引における第一歩であり、売主・買主双方にとって重要な意味を持つ文書です。今回の銅カソード取引を例に見てきたように、
- 売主側のメリットは「支払い保証・安定収益の確保」、
デメリットは「割引条件や履行負担の大きさ」でした。 - 買主側のメリットは「有利な価格・大口供給の確保」、
デメリットは「金融保証コストや価格変動リスク」でした。
また、売主がLOIを受け入れるか否かは、その企業の資力・信用度によって大きく変わります。強い立場の売主は「条件が不自然」と判断して断る一方、規模の小さな売主は「安定供給契約のチャンス」として前向きに捉えるケースもあります。
最終的には、LOIに記された条件が実務的に妥当かどうか、そして買主が実需家として信頼に足るかどうかを、チェックリストを活用して精査することが不可欠です。
LOIは単なる形式文書ではなく、契約成功への入り口であり、同時にリスク管理の第一線でもあります。実務に携わる人は、その意味とバランスを理解し、冷静な判断を下すことが求められます。