結論|戦争でステーブルコインは「値上がり」より「使われ方」が変わりやすい
ステーブルコインは、原則として米ドルなどの法定通貨に連動する設計です。そのため、金や原油のように「戦争で価格が大きく上がる資産」とは性格が異なります。実際、USDTは2026年3月10日時点で1 USDT=1.000ドル、USDCは同日時点で1 USDC=0.9999ドル近辺で推移しており、グローバル市場で大きく上振れしたわけではありません。
出典:CoinGecko(USDT/USD、USDC/USD、2026年3月10日)
ただし、これで「戦争と無関係」とは言えません。戦争や制裁、通貨不安が起きると、ステーブルコインは価格よりも「需要」「送金用途」「資金退避先」として注目されやすくなります。つまり、戦争で上がるか下がるかを問うよりも、どの場面で使われやすくなるかを見たほうが実態に近いです。
なぜ戦争時にステーブルコインが注目されるのか
戦争が起きると、現地通貨の信認が揺らぎやすくなります。銀行送金が遅れたり、資本規制や制裁で海外送金が難しくなったりする場面もあります。こうした状況では、24時間動かせて、比較的値動きの小さいドル連動資産としてUSDTやUSDCが選ばれやすくなります。
特に需要が出やすいのは、次のような局面です。
- 現地通貨安から資産を逃がしたいとき
- 海外の家族や取引先へ早く送金したいとき
- 国内取引所や銀行の利用継続に不安があるとき
- 制裁下でドルに近い価値のデジタル資産を確保したいとき
この意味で、ステーブルコインは「値上がり狙いの投機資産」というより、「非常時の流動性確保ツール」として使われやすい傾向があります。
足元の事例|イランと米国・イスラエルの戦争で何が起きているか
今回のテーマで最も重要なのは、足元の事例です。Reutersは2026年3月、米国とイスラエルによる対イラン攻撃が続いていると報じています。これに関連して、暗号資産分析会社Chainalysisは、2026年2月28日の空爆後から3月2日までに、イランの主要取引所から約1,030万ドルの暗号資産が流出したと公表しました。Reutersも、攻撃開始後の最初の1時間だけで200万ドル超が流出したと伝えています。
出典:Chainalysis「Iranian Crypto Outflows Spike After Airstrikes」(2026年3月3日公表)、Reuters(2026年3月3日)
ここで重要なのは、グローバルなUSDTやUSDCの価格が急騰したわけではなく、現地に近い資金の動きが急増したことです。Chainalysisは、こうした資金移動の一部について、自主保管ウォレットへの退避、海外取引所への移動、取引所インフラの切り替え、あるいは国家関連主体の資金移動の可能性を挙げています。まだ全体像は断定できませんが、少なくとも「戦争時にはステーブルコインを含む暗号資産が逃避経路として使われやすい」ことを示す材料にはなります。
イランでは以前から暗号資産需要が高まっていた
今回の動きは、突然ゼロから始まったものではありません。Reutersは2026年2月、イランでは制裁と通貨下落を背景に暗号資産活動が拡大しており、2025年の関連規模はおおむね80億〜100億ドル、Chainalysis集計ではイラン向け受取額が78億ドルに達したと報じました。
出典:Reuters「Iran’s surging crypto activity draws US scrutiny」(2026年2月3日)
つまり、イランではすでに「法定通貨や銀行システムの代替」として暗号資産が一定の役割を持っていた可能性があります。そこへ戦争が加わったことで、平時の利用が非常時の利用へと一段強まったと見るほうが自然です。
ロシア・ウクライナ戦争の事例1|ウクライナでは寄付と支援に使われた
戦争と暗号資産の関係を考えるうえで、ロシア・ウクライナ戦争は外せません。Reutersによると、ウクライナ政府は2022年2月末に暗号資産による寄付を呼びかけ、短期間で約1,300万ドルを集めました。その後も暗号資産は資金調達や支援の手段として使われました。
出典:Reuters「Ukraine’s government raises crypto worth almost $13 million after crowdfunding appeal」(2022年2月28日)
さらに2022年12月には、UNHCRがウクライナの避難民向けにUSDCを用いた現金給付の試験運用を開始しています。ここでも、ステーブルコインは「値上がるから持つもの」ではなく、「すばやく配るための資金インフラ」として使われました。
出典:UNHCR「UNHCR launches pilot cash-based intervention using blockchain technology in humanitarian action」(2022年12月15日)
ロシア・ウクライナ戦争の事例2|ロシア側では制裁回避の文脈で使われた
一方で、戦争下のステーブルコインは人道支援だけに使われるわけではありません。Reutersは2025年3月、ロシアが中国・インドとの石油取引の一部で、ビットコインやイーサリアムに加えてUSDTなどのステーブルコインを利用していると報じました。これは、西側の金融制裁を受けるなかで、人民元やルピーをルーブルへつなぐ決済経路の一部として使われているという内容です。
出典:Reuters「Russia leans on cryptocurrencies for oil trade, sources say」(2025年3月14日)
この事例は、ステーブルコインが戦争時に「避難資産」でもあり、「制裁回避の道具」にもなりうることを示しています。便利だからこそ、政治や規制の対象になりやすい点は見落とせません。
では、戦争でステーブルコインの価値は上がるのか
ここまでの事例を踏まえると、答えは「グローバル価格は大きく上がりにくいが、現地での必要性は上がりやすい」です。
USDTやUSDCはドル連動を維持する設計なので、本体価格が1.1ドル、1.2ドルへ継続的に跳ねる性質ではありません。むしろ、価格が大きく動いてしまうと、ステーブルコインとしての役割が弱まります。
そのため、戦争が起きたときに見える変化は主に次の3つです。
- 現地需要の増加
- 取引所からの出金や自主保管の増加
- 国境をまたぐ送金・決済での利用増加
つまり、戦争時のステーブルコインは「価格上昇の恩恵を受ける資産」というより、「ドルに近い価値をデジタルで持ち運ぶ手段」として評価されやすいです。
逆に、下がるリスクはあるのか
あります。しかも、これは戦争時こそ意識したい点です。ステーブルコインには、通常の暗号資産とは別の弱点があります。
- 発行体の信用リスク
- 準備資産への不安
- 当局要請による凍結リスク
- 制裁対象との接点による利用停止リスク
Reutersによると、Tetherは2026年2月27日時点で犯罪関連として累計42億ドル相当のUSDTを凍結しており、2023年にはイスラエルやウクライナでの「terrorism and warfare」に関連するアドレス凍結も発表しています。
出典:Reuters「Tether says it has frozen $4.2 billion of its stablecoin over crime links」(2026年2月27日)、Reuters(2023年10月17日)
このため、戦争時にUSDTやUSDCを保有していても、金や現金のように完全に自分だけで支配できる資産とは限りません。特に制裁やテロ資金対策が絡む局面では、便利さと引き換えに中央管理の影響を受けます。
金・米ドル・原油・ステーブルコインの違い
| 資産 | 戦争時の主な反応 | 特徴 |
|---|---|---|
| 金 | 価格が上がりやすい | 伝統的な安全資産 |
| 米ドル | 買われやすい | 基軸通貨としての強さ |
| 原油 | 供給不安で上がりやすい | 中東情勢の影響を受けやすい |
| ステーブルコイン | 価格は安定しやすい | 送金・退避・決済で需要が増えやすい |
この違いを理解すると、ステーブルコインだけを「戦争で上がる投資先」と見るのは少しズレています。むしろ、戦争時の資金移動を支えるインフラとしての側面が強いです。
なお、戦争時の資金移動はステーブルコインだけで完結するわけではありません。実際には、金・米ドル・原油・日本円といった伝統的な安全資産にも同時に資金が向かう傾向があります。今回のイラン情勢でも、暗号資産市場だけでなくドル買い・原油上昇・金価格の反応が同時に観測されています。
安全資産全体の流れを整理したい場合は、戦争時に資金が向かう投資先とは|ドル・金・原油と日本円の安全資産性を整理もあわせて確認すると、全体像がつかみやすくなります。
まとめ|戦争でステーブルコインは「上がる資産」ではなく「必要になる資産」

ステーブルコインは、戦争だからといって金のように大きく値上がりしやすい資産ではありません。実際、足元のUSDTやUSDCは1ドル近辺を維持しています。
ただし、イランの事例では空爆直後に暗号資産流出が急増し、ロシア・ウクライナ戦争では寄付、人道支援、制裁回避という複数の用途で暗号資産とステーブルコインが使われました。ここから見えてくるのは、戦争時のステーブルコインは「価格上昇」よりも「流動性」「送金性」「国境を越えやすい決済手段」として価値を持ちやすいという点です。
その一方で、発行体や規制の影響を受ける中央管理型のリスクもあります。したがって、戦争局面でUSDTやUSDCを評価するなら、「上がるか下がるか」だけでなく、「誰が、なぜ、どの経路で使うのか」まで見ておくことが重要です。
参考外部リンク
- CoinGecko | USDT/USD
USDTの対米ドル価格。本文では2026年3月10日時点の価格確認に使用。 - CoinGecko | USDC/USD
USDCの対米ドル価格。本文では2026年3月10日時点の価格確認に使用。 - Chainalysis | Iranian Crypto Outflows Spike After Airstrikes
2026年3月3日公表。イラン取引所からの資金流出データの確認に使用。 - Reuters | Millions of dollars in crypto left Iranian exchanges after strikes, researchers say
2026年3月3日。空爆後の初動流出額の確認に使用。 - Reuters | Iran’s surging crypto activity draws US scrutiny
2026年2月3日。イランの暗号資産市場規模と背景整理に使用。 - Reuters | Russia leans on cryptocurrencies for oil trade, sources say
2025年3月14日。ロシアによる制裁回避文脈の確認に使用。 - Reuters | Ukraine’s government raises crypto worth almost $13 million after crowdfunding appeal
2022年2月28日。ウクライナ政府の暗号資産寄付事例に使用。 - UNHCR | Pilot cash-based intervention using blockchain technology
2022年12月15日。USDCによる避難民支援の事例確認に使用。 - Reuters | Tether says it has frozen $4.2 billion of its stablecoin over crime links
2026年2月27日。凍結リスクの確認に使用。