1)中国政府が直面した不動産危機の認識
中国政府は近年の不動産不況を、単なる景気循環ではなく、金融システムや社会安定に影響する重大な懸念として位置付けています。特に恒大集団の資金繰り悪化が顕在化した2021年以降、未完成物件の増加や消費者心理の冷え込みが深刻化し、負債依存の高いデベロッパーを中心に信用不安が拡大しました。この結果、不動産市場の安定化は国家経済政策の最優先課題の一つとなり、政府は短期的な市場安定と長期的な構造調整の両方に取り組む必要に迫られました。
政府は「住宅は住むためのもので、投機のためのものではない」という基本方針を維持しつつ、価格高騰を抑える規制と、景気下支えのための支援策の両立を求められる難しい局面に直面しています。この方針は市場過熱期には効果がありましたが、販売不振が深刻化した局面では柔軟な政策調整が求められ、政府の姿勢にも変化が見られました。
2)金融緩和と資金供給政策
(1)住宅ローン金利の引き下げ
不動産市場の冷え込みに対し、中国政府は住宅ローン金利の引き下げを通じて需要喚起を図りました。とくに三線都市など需要が弱い地域では、ローン金利や頭金比率の引き下げが相次ぎ、住宅取得のハードルを下げることが試みられています。これは家計の負担を軽減し購買意欲を刺激するための措置ですが、景気全体の不透明感が強いため、効果は地域ごとにばらつきがあります。
(2)銀行によるデベロッパー支援枠の整備
政府は銀行に対し、開発プロジェクトの完成を優先する融資枠を整備するよう促しました。これは建設中断を防ぎ、消費者への引き渡しを確保するための政策であり、資金繰りが悪化したデベロッパーを支える役割を果たしています。ただし、資金供給が比較的信用力の高い国有系企業に偏りがちで、民間デベロッパーの再建には十分ではありません。
(3)人民銀行による流動性供給
人民銀行はMLF金利の引き下げなどを通じて金融市場に流動性を供給しています。しかし、デベロッパーの信用不安や消費者マインドの悪化により、実体経済全体で信用需要が弱まっているため、金融緩和の効果は限定的となっています。資金供給を増やしても、借り手側のリスク回避姿勢が強いため、金融政策のみで市場を押し上げることは困難な状況にあります。
3)保交楼政策:完成引き渡しを最優先する国家方針
(1)政策の概要
保交楼政策は、不動産政策の中で最も重要な柱と位置付けられています。これは未完成物件を確実に完成させ、購入者に引き渡すことを国家的に最優先する仕組みです。地方政府が主体となり、銀行からの融資を優先的に建設継続へ振り向けることで、社会不安を抑える狙いがあります。
(2)政策の重要性
未完成物件の増加は、消費者の住宅購入意欲に大きな影響を与える深刻な問題です。引き渡しが保証されなければ、住宅購入そのものがリスクと認識され、市場回復が困難になります。保交楼政策はこの不安を抑え、市場の信頼を確保するための基盤となっています。
(3)政策の課題
しかし、この政策は資金力や地方財政に大きく依存するため、実行には限界があります。地方政府の財政余力が乏しい地域や、デベロッパーの負債が極端に多い案件では、政策効果が十分に発揮されません。また、建設継続に必要な資金の確保が難しいケースでは、プロジェクトの選別が必要となり、すべての物件をカバーすることは現実的ではありません。
4)地方政府による住宅需要喚起策
(1)購入補助制度や規制緩和
各都市では、若年層向けの住宅購入補助や手付金の引き下げ、購入資格制限の緩和など、需要喚起策が導入されています。こうした政策は短期的には一定の効果が見られますが、住宅需要の根本的な減少を覆すには力不足であることが多いです。
(2)在庫削減策としての買い取り政策
在庫が多い地方都市では、政府が未販売住宅を買い取り、公共住宅に転用する政策も試験的に導入されています。これは市場在庫を減らす効果がありますが、財政負担が大きく、全国的な展開は困難とされています。
(3)土地供給抑制と土地財政からの転換
土地売却収入の減少により、地方政府は土地供給を抑える動きを強めています。しかし、土地財政への依存度が高い都市が多いため、財政構造の転換は容易ではなく、政策余地が限られるという問題があります。
5)政策の限界:需要減速と構造問題の前では部分的効果にとどまる
(1)人口動態の変化
中国では婚姻件数・出生数が減少しており、住宅需要の根本的な縮小が進んでいます。この人口構造の変化は政策では短期的に修正できず、不動産市場の回復を阻む長期的要因となっています。
(2)家計心理の悪化
住宅価格の不安定さや未完成物件の増加が家計の消費心理に影響し、住宅購入を控える動きが続いています。金利を引き下げても心理的要因を完全に改善することは難しく、政策が想定するほどの需要喚起にはつながりにくい状況です。
(3)民間デベロッパーの再建の遅れ
負債を抱える民間デベロッパーの再建は長期化しており、業界の二極化が進んでいます。国有企業への資金集中が進む一方で、民間企業の再生は遅れ、市場回復のテンポに影響します。
(4)地方財政の制約
土地財政の弱体化は、地方政府の政策実行能力に直接的な制約を与えています。財政余力がなければ購入補助や公共住宅への転用も限られ、政策効果に地域差が生まれやすくなります。
中国不動産不況への主な政策対応とその限界(概要)
| 政策カテゴリ | 具体策 | 主な対象 | 期待される効果 | 主な限界・課題 |
|---|---|---|---|---|
| 金融緩和 | 住宅ローン金利引き下げ、頭金比率引き下げ | 住宅購入者 | 購入負担を軽減し、新規需要を喚起する | 将来不安が強いと需要が戻りにくく、効果に地域差が出やすい |
| 資金供給 | デベロッパー向け融資支援枠、プロジェクトごとの資金管理強化 | デベロッパー | 工事継続を支え、未完成物件の増加を抑える | 信用力の高い国有系に資金が集中し、民間企業の再建は進みにくい |
| 保交楼 | 未完成物件の完工を最優先とする政策、地方政府の監督強化 | 住宅購入者、問題プロジェクト | 引き渡しを確保し、社会不安と信用不安を抑える | 財政が弱い地域では実行が難しく、全案件をカバーできない |
| 需要喚起 | 購入補助、税制優遇、購入制限の緩和 | 若年層・ファミリー層 | 住宅購入のきっかけを作り、販売を下支えする | 人口減少や所得不安という構造要因は解消しにくい |
| 在庫処理 | 政府による在庫住宅の買い取り、公共住宅・保障性住宅への転用 | 在庫が多い地方都市 | 市場在庫を減らし、価格の急落を防ぐ | 財政負担が大きく、全国展開は困難で規模に限界がある |
| 財政構造転換 | 土地供給抑制、土地財政依存の引き下げ | 地方政府 | 土地売却収入への過度な依存からの段階的な脱却 | 代替財源の確保に時間がかかり、短期的には投資縮小を招きやすい |
6)総括:政策は危機拡大を抑えるが、完全な解決には至らない

政府の政策対応は不動産市場の急激な悪化を防ぐ一定の役割を果たしています。しかし、人口減少、家計心理の冷え込み、地方財政の制約といった構造的課題が大きく、政策の効果は限定的となっています。市場心理の回復には時間がかかり、短期的な政策だけでは根本問題を解決することは難しい状況にあります。
次のパート5では、こうした状況を踏まえ、2025年前後の不動産市場の展望を整理します。